シルフィウムは、古代ギリシャ・ローマで香辛料や薬草として珍重された、正体が確定していない植物です。現在のリビアにあたるキュレネ周辺の特産品で、都市の貨幣にも描かれました。絶滅した「幻のハーブ」として知られますが、現存する植物との関係を調べる研究も続いています。
「なぜ姿を消したのか」「ハートマークの由来なのか」「再発見されたのか」。シルフィウムにまつわる3つの疑問を、古代の記録と現代の研究から紹介します。
シルフィウムとは?古代キュレネを支えたハーブ
キュレネは北アフリカにあった古代ギリシャの都市です。そこで交易品として重要だった植物が、シルフィウムでした。植物から得られる樹脂状の産物は「ラセル」「ラーセル(laser)」などと呼ばれ、料理や薬の材料として使われていました。
| 名前 | シルフィウム(silphium)、シルフィオン/シルピオン(silphion) |
|---|---|
| 知られていた産地 | 北アフリカのキュレネ周辺(現在のリビア) |
| 古代の用途 | 料理の風味付け、薬の材料、交易品 |
| 植物の正体 | 未確定。セリ科フェルラ属との関係が研究されている |
| 現存するか | 絶滅したとされるが、候補植物との同一性は議論が続く |
大英博物館のキュレネ銀貨には、シルフィウムを描いた貨幣が収蔵されています。植物が都市の貨幣に刻まれたことからも、特産品としての重要さがうかがえます。

画像をタップ/クリックすると拡大します。シルフィウムの既存解説図。ハートマークとの関係は起源の確定ではなく仮説として紹介しています。

シルフィウムの産地として知られたキュレネ周辺を示す既存の地図。
なぜ絶滅したといわれる?姿を消した理由
シルフィウムは古代の記録に登場する一方、現在の植物種に確実には結び付けられていません。キュレネの植物が姿を消した背景として、採取のしすぎ、放牧や農地の拡大による生育地の変化、気候の変化などが考えられています。
「人気があったため採り尽くされた」という説明だけで、絶滅の原因を確定することはできません。古代の生育状況を直接調べられる資料が限られるため、複数の要因を検討する必要があります。
2021年の気候・生育環境に関する研究では、土地利用の変化が地域の気候や植物の生育に与えた影響を再検討しています。栽培が難しかったという古代の記述も、発芽条件や環境との関係から考察されています。現代の研究でも、原因は単純な1つの答えにはまとまっていません。
シルフィウムの正体と「再発見」説
正体を探す手がかりは、古代の文章に残された根・葉・茎の特徴や、貨幣に描かれた姿です。セリ科のフェルラ属(Ferula)に似た植物だった可能性が研究されています。
「ジャイアントフェンネル」と呼ばれる植物や、アサフェティダの原料となるフェルラ属の植物は、シルフィウムの正体や代用品を考える際に登場します。ただし、ジャイアントフェンネル、アサフェティダ、シルフィウムを同じ植物の別名として扱うことはできません。

植物の候補を紹介する既存解説図。フェルラ属との関係は研究対象で、種の同定は未確定です。
トルコのフェルラ・ドルデアナは有力候補?
2021年に発表された研究は、トルコに生育する Ferula drudeana を、シルフィウムの候補として提案しました。植物の形態や成分などを比較した研究ですが、古代キュレネの植物と同じ種だと確定したわけではありません。
2022年のレビュー「Searching for Silphium: An Updated Review」も、候補植物を比較し、今後の検証の必要性を示しています。さらに2026年公開の植物化学に関するレビューでは、生き残りや再発見の主張を支持する証拠について慎重な見方が示されています。「幻のハーブが再発見された」という話題は、確定した発見と候補の提案を区別して読むのがよいでしょう。
シルフィウムはハートマークの由来?
シルフィウムの果実がハート形に描かれていることから、現在のハートマークとの関係が語られています。英国王立植物園Kewの解説でも、その説が紹介されています。
ただし、形が似ていることと、ハートマークの起源がシルフィウムだと証明されていることは別です。貨幣の図柄が実物をどこまで正確に表しているかにも解釈の余地があります。ここでは、植物と記号を結び付ける興味深い仮説として紹介します。
シルフィウムは避妊や媚薬と結び付けて説明されることもありますが、古代資料の解釈には議論があります。古代の用途の話から、現代でも有効で安全な薬だと考えることはできません。
『植物誌』『博物誌』から何がわかる?
シルフィウムを知る代表的な資料に、テオフラストスの『植物誌』と、プリニウスの『博物誌』があります。これらの記述と貨幣の図柄を照らし合わせ、植物の形や生育条件、採取・利用の様子が研究されています。
| 資料 | 読むときのポイント |
|---|---|
| テオフラストス『植物誌』 | 根・葉・茎や生育地についての記述が、植物の候補を考える手がかりになる |
| プリニウス『博物誌』 | 植物の利用や希少化を知る資料。古代の薬効説明を現代の医学的事実とは区別する |
| キュレネの貨幣 | 当時の植物のイメージを伝える。ただし図柄は植物標本と同じではない |

テオフラストスの『植物誌』を題材にした既存解説図。原典は古代ギリシャ語です。

プリニウスの『博物誌』を題材にした既存解説図。本文で古代資料の記述と現代の解釈を区別しています。
古代の記録は貴重ですが、現在の学名や実験データで書かれた資料ではありません。翻訳や植物名の対応にも検討が必要です。古代の説明をそのまま現在の植物や効能に当てはめず、現代の研究と併せて読むと、謎がどこに残っているかが見えてきます。
古代のレシピにも残る、植物名の謎
植物と食の歴史は、シルフィウムだけでなく、古代メソポタミアの料理の記録にも残されています。イェール大学のバビロニア・コレクションには、世界最古級の料理レシピを記した粘土板が所蔵され、研究者による料理の再現も行われています。
古い植物名を現代の材料に置き換える作業には、言葉や時代背景の検討が必要です。名前をすぐに特定できない材料があっても、それだけで「絶滅したハーブ」とは判断できません。これらの料理の記録は、シルフィウムの正体を直接証明する資料とは分けて考えましょう。

古代の料理記録を題材にした既存解説図。材料名から絶滅やシルフィウムとの同一性を判断することはできません。
イェール大学による古代料理の再現では、粘土板に残るレシピを調べ、実際に作る取り組みが紹介されています。
シルフィウムについてのよくある質問
シルフィウムは実在した植物ですか?
古代の文献やキュレネの貨幣に記録された植物です。現在のどの種に当たるかは確定していません。
シルフィウムは本当に絶滅したのですか?
キュレネのシルフィウムは絶滅したとされます。ただし、古代の植物の正体が未確定であるため、現存種との関係を調べる研究が続いています。
再発見されたというニュースは本当ですか?
フェルラ・ドルデアナなどを候補とする研究はありますが、古代のシルフィウムと同じ植物だと確定した発見ではありません。
現在の植物名「Silphium」と同じですか?
同じとは限りません。現在の分類には北アメリカ原産のキク科シルフィウム属(Silphium)があります。古代キュレネの植物の話とは区別します。Kewのシルフィウム属の分類情報で確認できます。



























シルフィウムについて、文献も元に詳しく解説しました。