植物ホルモンが植物を動かす

ハーブと植物ホルモン

ハーブと植物ホルモン植物は、一度根を下ろしてしまうと身動きが取れず、危険が迫ったとしても動物のように走って逃げることはできません。

そこで植物は、植物ホルモンという物質を発散して、環境の変化に対応していることが、19世紀になってから分かりました。

私たちの生活に身近なところでは「エチレン」がよく知られていて、未熟な果物をリンゴの近くに置いて早く熟させる方法を利用している人も、多いのではないかと思います。

また、最近よく出回っている「種なしデラウェア(ブドウ)」は品種改良ではなく植物ホルモンの「ジベレリン」で処理したもの(デラウエア種のブドウの花にジベレリンを漬けると種無しになる)になります。

しかし、植物ホルモンの全体的な機能は複雑で、21世紀に入ってもまだ完全には解明されていません。

今のところ、植物の成長には「オーキシン」、「サイトカイニン」、「ジベレリン」、「アブシジン酸」、「エチレン」という5つの植物ホルモンが大きな役割を果たしており、その他数種類が発見された程度です。

植物ホルモンの定義とその役割

植物ホルモンの定義とその役割植物ホルモンは、「植物自身が作り出し、微量で作用する生理活性物質・除法伝達物質で、植物に普遍的に存在し、その物質の化学的本体と生理作用が明らかにされたもの」と定義されています。

ホルモンとは、ギリシャ語の「hormao(刺激する、促進する)」が語源で、生理活性物質や情報伝達物質、シグナル分子という言葉が用いられることもあります。

植物ホルモンは極めて微量でも作用を発揮し、それ自体エネルギー代謝などの基質とはならない調整物質なのですが、植物にとって必要不可欠の物です。

植物のありふれた反応、例えば光に向かって伸びるのは、フィトクロム(phytochrome)やクリプトクロム(Cryptochrome, Cry)などの色素タンパク質が、根を下に伸ばすなどの重力感知はアミロプラスト(Amyloplast)といったデンプン粒を含む細胞小器官がその役割を担っているのですが、これらの応答の下流に植物ホルモンが第二メッセンジャーのように働いているのです。

摘心のページで解説したように、この光や重力への反応は植物ホルモンのオーキシンが働くことで正常に作用していて、そういった環境応答の際に植物ホルモンが一役買っているということが解明されてきました。

主な植物ホルモン

オーキシン

オーキシンの1種である3-インドール酢酸の構造式

頂芽優勢のほかにも、茎を光の方向へ曲がる(屈性)と根を形成する作用を持っています。この性質を利用して、植物を成長させたり収穫量を増やす合成オーキシンが開発されました。

発芽から成長、花芽形成、開花、胚形成、光や重力のような環境刺激に対応する応答因子としても重要な役割を果たす植物ホルモンです。

特徴や使用用途

除草剤、クローン植物の作製(安価なコチョウラン)、生殖成長調整、側枝の成長促進、器官脱離調整。

サイトカイニン

天然サイトカイニン構造式

<細胞分裂の促進や細胞の老化防止、茎や葉の分化促進などの働きを担うサイトカイニンの方も、イチゴやランなどの優良株のクローンやウイルスフリーの植物を作るために組織培養する際、成長制御物質として利用されています。

サイトカイニンは、光合成や呼吸作用・蒸散作用も活発にするので、この性質を利用して植物の生育を活発にする肥料も出てきました。

組織培養における利用、側枝成長の促進、着果促進作用、果粒肥大作用、老化の抑制作用と促進作用が農業へ応用されています。

ジベレリン

生産量、消費量とも最大のジベレリンA3構造式

この植物ホルモンを最初に発見したのは日本人で、1919年から台湾の農事試験場に赴任していた黒沢英一が、「イネ馬鹿苗病」の研究過程の際に見つけました。

その後、東京帝国大学の薮田貞次郎が、イネ馬鹿苗病が生産する毒素の化学構造解明に着手、1935年にこの毒素を馬鹿苗病の学名「ジベレラ」から取り「gibberellin」と命名し、1938年に住木論介と協力してジベレリンを結晶として取り出すことに成功しています。

第二次世界大戦後、このジベレリン研究はようやく欧米にも伝わり、戦時中のペニシリン開発の経験を生かし大量培養、2009年12月時点で136種類が確認されるに至りました。

特徴

伸長成長や細胞伸長、細胞分裂の促進、休眠打破や発芽促進、花芽形成、開花促進、過水分解酵素の活性化。

使用用途

ブドウのデラウェア種の種なし化イネの倒伏軽減、ポインセチアやキク、ツツジなどの伸長抑制、芝生の草丈抑制。

アブシジン酸

アブシジン酸構造式

種子の発芽を阻害し休眠させ、乾燥や低温・高温などの環境ストレスへの耐性をつかさどる植物ホルモンです。

これまで調べられたすべての種子植物、シダ、セン類、藻類、菌類である糸状菌にも、広く存在していることが分かっています。

1950年代、葉や果実の脱離を促進する物質として、器官脱離(abscission)を促す物質との意味でアブシジンと命名されました。

アブシジン酸は、種子や芽の休眠や気孔の閉鎖、老化・器官脱離などを誘導したり、乾燥などのストレスに対応して合成されることから、「ストレスホルモン」とも呼ばれています。

使用用途

降雨などによる多湿条件により、種子が収穫前に発芽してしまう穂発芽を防ぐなど。

今後の展望

大量合成がまだ不安定で、アブシジン酸生成を高めたり阻害したりする薬剤を合成して調整し開発している過程、環境条件による収量と品質の低下を防ぎ、安定した作物生産を可能にすると期待されています。

エチレン

エチレン構造式

エチレン(ethylene)はガス状の植物ホルモンで、リンゴなどから発散されていることでよく知られています。

分子式 C2H4、構造式は CH2=CH2 で、他植物ホルモンに比べると単純な有機化合物です。

未熟な果物を熟させる効果があり、古代エジプト人がイチジクに傷をつけると成熟が進むことを経験的に知っていたことや、中国では香をたいた容器の中に梨を入れておくと早く成熟することが知られていました。

傷んだ果実の周りの果実がさらに傷みやすいのは、障害により発生したエチレンによって過熱になるからです。

特徴

果実の成熟、落葉・落果、芽ばえの形態形成、伸長成長の抑制と促進、開花や発芽の促進や花の老化。

使用用途

果実の成熟促進、開花促進、球根・種子の休眠打破、脱葉(器官離脱)の促進、モヤシの栽培、切り花の鮮度保持、青果物の鮮度保持、遺伝子組み換え農産物の実用化。

品種改良

エチレン生成量を減少させて日持ちが良くなったトマト、メロン、カーネーション、ペチュニア、トレニアなど。

その他の植物ホルモン

その他の植物ホルモン他にも、植物ホルモンには1962年にジャスミンの香りの主要成分として発見されたジャスモン酸、1979年に植物のステロイドホルモンとして発見されたブラシノステロイドがあります。

最近では、1991年のシステミン、1996年のフィトスルホカインのような、植物ペプチドホルモンが注目を集めています

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