ハーブの歴史(中世Ⅱ) 紀元14世紀~18世紀

中世イギリスとハーブ

14世紀と15世紀に書かれた何冊かのイギリスの写本には、数種類の薬用植物と油とその使い方について記されています。

この植物はみな、薬草類を油に入れて加熱してその成分を浸出させた油です。薬草を入れて数時間、あるいは何日か放置した後に、それをこして出来上がるものです。

次に挙げるのは、著者不明の無題の著作から抜粋した部分です。

この写本は大部分がラテン語で書かれていますが、これには異なった数種類のタイプの蒸溜装置を示す図面が何点か収められています。

「乳香樹脂油の製法――
乳香樹脂一オンス(約28グラム)、白乳香、または粉末にしたアレグザンダー(アレクサンドリア産のガムの一種)を一オンスとし、それらを一ヒン(約5.7リットル)の油でよく煮て、似あがったならばそれをこし、用いる必要が生じるまでそれを保存せよ。

胃痛を好転させようと思うならば、まずミントとガランガル(中国原産の駆風作用のある芳香をもつ根)をとり、さきの油で欲にて、さらに材料を加えて軟膏を作ること。
筋肉の苦痛をなくそうとするときは、ローズマリー油で軟膏をつくること。

入稿樹脂の油または軟膏は、胃や肩の関節や腎臓その他の部分の前後部にこれをぬれば、そこの痛みを鎮めるのに役立ち、肝臓・脾臓の各種の病気を好転させる。磯の他の温めるのがよい種類の症状にもすべてこれを塗布すべきである。

なぜなら冷性に起因する病気にはすべて、これが有効だからである。」

乳香樹脂は、乳香に非常に似通ったガムの一種です。これを見れば、体の内部の不調に芳香物質を外用することは、何もこと新しいものでないことがよくわかります。

この油は、例えば胃を治療するとした場合、この油を上腹部にすりこみ、さらに背中のその裏側の部位にもすりこみます。

油を、このように体の前後から塗布するやり方は、現在芳香療法のかなり標準的な手法となっていますが、これは14世紀よりはるか昔から行われていたようです。

エリザベートⅠ世(エルジュビェタ・ウォキェトクヴナ)(1305年~1380年) 国籍、職業:ハンガリー ハンガリー王カーロイ1世の王妃

70歳を過ぎるころから老齢のために健康を害していた(リウマチや慢性関節炎と言われています)のですが、僧院から献上されたローズマリーとライムをアルコールに漬けて抽出した治療水でみるみる若返って健康を取り戻し、72歳の時に20代のポーランド王子からプロポーズされました。

このエピソードから、ローズマリー水は「ハンガリー王妃の水(ハンガリアン・ウォーター)」と呼ばれ、「若返りの水」の別名を持っています。

後に、ラベンダー、ミント、セージ、マジョラム、モッコウ、ネロリ、レモンなども加えられるようになったのですが、ローズマリーが若返りに効果を発揮することを紹介しているエピソードの1つとして知られています。

『薬草誌(アン・ハーバル)』

次に、著者不明の『薬草誌(アン・ハーバル)』という題の写本に書かれている処方をいくつかご紹介します。

「ここから、各種の疾病のための各種の薬用植物の製法について述べはじめる。まずローリエ油の製法を記すことにする。……

ローリエの液果の干したもの、または生のものを取り、これらを細かく刻む。ぴったりしたふたのついたつぼを出し、そのつぼに、その大きさによって半ガロン(2.27リットル)ないし一ゴロンの油を入れる。

この中に、さきに刻んでおいた液果を入れて、ふたとつぼとをしっかりと密封して、これを火にかける。火は強火にする。

こうして日の出から午前九時または正午まで火を燃やし続ける。ついで、その油を布でこして容器に入れて冷まし、箱に入れて保存する。」

「ペニロイヤル油の製法――

ペニロイヤルの先端部と花とをとり、これらを先述のような二重容器の中の油に浸す。これは何よりも、冷性に由来するあらゆる症状を解消し、女を受胎させる。」

「干草油の製法――

干草をとり、燃える石炭の上に置くと煙が立ち昇る。次に鉄の板を出して煙の上にかざすと、煙は板にまといつき、板は濡れたようになる。冷えたならば、それを集めてガラスのビンに入れる。この油は、そばかす・痛風・関節炎・らい性皮膚病によい。」

バジル最後のやり方は、非常に素朴な蒸溜法です。この時代にはもう蒸溜法は知られていましたが、これはエッセンスを抽出するよりも主として香水を作るために採用されていました。

『大薬草誌(グレート・ハーバル)』(16世紀)には、スミレ油のきわめて簡単な製法が載っています。

「スミレ油の作り方は次のとおりである。スミレを油に浸し、こしとる。これでスミレ油が出来上がる。」

どのような方法で製造したにしても、14世紀~16世紀を通じてこうした香油が広く利用されていたことははっきりしています。

これらの油は外用されましたが、それは体内のさまざまな不調に対して用いられました。薬用植物油は、香水類と同様、各家庭で、また地方の薬種商の手で作られたものと思われます。

植物学の父、ウィリアム・ターナー

ロンドン橋とテムズ川16世紀の薬草専門家でイギリスの植物学の父として有名なウィリアム・ターナーは、薬用植物を熱性・冷性・乾性・湿性の度合いによって分類しました。

熱・乾性は陽の力、冷・湿性は陰の力にそれぞれ対応するものとし、その度合いには四度あって、例えば熱性一度という薬用植物は熱性二度の植物ほど暖める作用が強くないという考え方です。

冷性にも四度の段階があります。もっとも、こうしたものは陰陽とぴったり厳密には対応していないので、同じ一つの薬用植物が熱・湿性、あるいは反対の冷・乾性に分類されることもありました。

17~18世紀はイギリス薬草学者の黄金時代

バッキンガム宮殿17世紀、魔女狩りや宗教弾圧などの影響から伝統医薬ハーブの知識は抑圧されたのですが、ローマから遠く離れていたイギリスは薬草学者の黄金時代となりました。

ジョン・ジェラード、ニコラス・カルペッパーおよびジョン・パーキンソンはすべてこの時代の人々です。

薬草についての人々の知識は非常に深まり、しかもこの知識はまだ化学に見劣りしませんでした。

薬草医学が広く行われたために、ニセ医者やペテン師たちはすばやくこの風潮に便乗しました。ユージン・リンメルは書いています。

「金モールつきの豪華な赤いコートで身を飾った旅回りの薬草売り、または『ニセ医者』は、優雅な馬車の上から口をあんぐり開けて見つめる群集に声をかけ、楽器の伴奏とともにその香水といかさま薬を売る。

……この連中はふつう、粉薬・チンキ・丸薬・オーエコロンおよび点滴下剤を扱っていた。」

ヴェルサイユ宮殿この時代には、薬草医学が、特に医療関係者たちの間でその信頼を失い始めます。これは前述のようなニセ医者たちが現れたことが大きな原因でした。

1722年に書かれたジョセフ・ミラーの著書『薬草誌』は、カモミール・シナモン・ウイキョウ・ジュニパー・ローリエ・ペニロイヤル・ローズマリー・タイムなど数十種類のエッセンスについて触れています。

なお、17世紀後半には、イタリア人のジョヴァンニ・パオロ・フェミニスがドイツの町ケルンで、ハーブや薬草を付け込んだ水を「オーアドミラブル(すばらしい水)」として売り出し、のちに「オーデコロン」として知られるようになりました。

1696年に出たサルモンの『調剤要諦(ディスペンサトリー)』には、ナツメグ・アンバー・バラ・シナモン・ラベンダー・マジョラム・安息香・ヘンルーダ・クローブ・レモン・霊猫草の各種の油を含む「卒中用香膏」の処方が載っています。

「これらすべてを、香膏としての適切な硬さになるまで技術のしたがって混ぜ合わせる。ナツメグ油は圧搾してつくる。残りのすべても不可欠の成分である。

……これを鼻孔と脈の末端に塗布すると、生気・精気および血気の全心気が鼓舞され、慰謝される。これは痙攣・中風・麻痺その他の冷静に起因する諸病を治癒する。」

この本にはまた、驚くほどの数の芳香物質を使った記憶喪失のための処方も載っています。

要約すると、これは7種類のガム類、3種類の根、8種類の薬草、3種類の種子、7種類の鼻、8種類の油およびサフランを用いた処方でした。

その後は、18世紀への変わり目までに、精油は医学に広く用いられるようになっていきました。

ウィリアム・ターナー(1510年~1568年) 国籍、職業:イギリス 医者・牧師

イギリスの植物学の父として有名で、薬用植物を熱性・冷性・乾性・湿性それぞれの度合いによって分類しました。中国の陰陽の概念に似ています。

ジョン・ジェラード(1545年~1612年) 国籍、職業:イギリス 植物学者

ロンドンのホルボーンに薬草園を作り、エリザベス女王の顧問ウィリアム・セシルの庭園の責任者となったり、ケンブリッジ大学に植物園の設立を提案しました。1597年には、『本草あるいは一般の植物誌』を出版しています。

ニコラス・カルペッパー(1616年~1654年) 国籍、職業:イギリス 医師・占星術師

1616年に『the English Physicians』を出版、369種の植物の特性や用途について記述してあります。

薬草やハーブに関する知識のほかに、占星術に関する知識も深かったようです。

ジョン・パーキンソン(1567年~1650年) 国籍、職業:イギリス 博物学者

チャールズⅠ世に仕え、 1640年に『広範囲の本草学書』を出版しました。花園や家庭菜園、果樹園のほか、3,800の植物について記述しているハーバリストの一人です。

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