古代人が植物をどう見ていたかは、当時の文献資料に残っていて、儀式や魔術や医学用の植物が載っています。
紀元前3000年の古代バビロニアの粘土板には、熱病に対して唱えた次のような呪文が記してあります。
「病めるものよ……なんじはおくべし……
……彼の顔をおおい……
イトスギと薬草をたくべし……
大いなる神々は、悪疾を除き給い
悪霊はしりぞかん
善なる霊、善なる守護神の来臨されんことを。」
また古代エジプト文明の、第十八王朝にさかのぼるエーベルス文書を見ますと、エジプトの医師たちが非常にたくさんの薬草の特性を熟知していたことがわかります。次に、同じパピルスの文書からフェイシャルパック剤の処方を紹介すると、
「香の玉、ろう、新しい油、イトスギの球果をここで香といっているのは、没薬(ミルラ)あるいは乳香(トスゴム)、またはその両者の混合物でしょう。これが小さい玉の形にされ、一種の香炉でたたかれたのです。
この処方は、現在の自フェイシャルパック剤に驚くほど似通っています。また、紀元前2000年ごろに書かれた別のパピルス文書には、エジプトのヌビアに旅をした筆者の報告が記されており、筆者はこう述べています。
「私は、三種の精製した油をもってこさせ、香料類を、そして寺院の薫香を選ぶつもりである。神々はみな、これで喜ばれる。おまえは没薬はあまりもたない。
おまえのところにあるものは、おしなべて平凡な薫香である。アシプーがきて私に品物を届けた。アシプーは、没薬、精製油、各種の香料、目の化粧料およびキリンの尾の積み荷を私に渡した。」